オトナ

「佐助ー、佐助はおるかー?」
早朝、もそもそと布団から這い出ながら幸村は部屋の天井を見上げてそう言った。
彼は大抵の場合そこにいて、幸村がその名を呼ぶとあのいつもの飄々とした顔で幸村の目の前へと降り立つのだ。
そしてそれは今日とて同じで、彼は天井裏からいつの間にか忍とは思えない優雅な仕草で主の目の前に降り立っていた。
「おはよー旦那」
「おぅっ御早う佐助。今日も良い天気だな」
「そうだねぇ、絶好のお散歩日和ってヤツかな〜」
そんなとりとめのない会話を交わしながら佐助は幸村の後ろへと腰を下ろした。
そして何処からか取り出した櫛で幸村の髪を丁寧にとかしてゆく。
最初は女中にやらせていたのだが、いつの間にかそれは常に幸村の側にいる佐助の仕事となっていた。
男のものにしては長い髪を慣れた手付きでとかしながら、それにしても、と佐助は思う。
「旦那の髪ってサラサラだよねー」
「そうなのか?」
「うん、男でこんなに髪キレイな人ってそうそう居ないよ」
まぁそれ以前にこんなに髪の長い男ってのもそうそう居ないけど。
そう思いそこで佐助は、ん?と首をかしげた。
髪なんて男にとっては邪魔なだけだろうに、どうして旦那は髪を伸ばしてるんだ?
しかも普通の人間ならともかく、幸村は武人であり、他の誰よりも戦いを好いているのに。
戦バカとも言えるこの主が髪を伸ばしているなんて、なんとも変な話だ。
それに自分は毎日こうして主の髪をとかし、結っているけれど一度も髪が切れたりしているのを見たことが無い。
普通戦の後なら剣が髪をかすめたりして、多少は切れたりするはずだ。
それにも関わらず主の髪はいつだって美しく、一度だって傷ついている所を見たことがない。
一体何故なのだろう。
…考えるより、聞いた方が早いか。
そう思い、佐助は素直にその疑問を主にぶつけてみることにした。
「旦那、そういえば何で髪なんて伸ばしてるの?」
そう聞くと、幸村は驚いたような顔をしてこちらへと振り向いた。
「何だ、気付いていなかったのか…?」
どこか悲しそうなその声に、少し驚きながらもうん、と頷く。
するとその途端に幸村は大きなため息をつき、がっくりと項垂れた。
髪が櫛からサラリと流れて、美しい曲線を描く。
その様子に佐助が思わず見とれていると、幸村は苦笑しながら体ごと佐助の方へと向き直った。
髪が幸村の背中に隠されて見えなくなり、そこでようやく佐助は我に返る。
「…ぁぁ」
小さく声を上げて、髪から幸村へと視線を移す。
もう自分より少ししか背の変わらない主を見てもう一度、嗚呼、と呟いた。
そうだ、この主はもうあの頃のような子供ではなく、ちゃんとした大人なのだ。
今までどうして気がつかなかったのだろう。
自分が何年もただ髪をとかしている間に、主は体も心も成長して大人になっていたのだ。
そして改めてその事に気付くと先程まで主の髪に見とれてしまっていた自分が恥ずかしくなってきて、
目の前にいる主に赤くなった顔を見られないようにうつむいた。
…だが、大人になった幸村にはそんな事はお見通しだったようで。
「…佐助」
その言葉と同時にグッと体を引き寄せられる。
突然の行動に慌てて胸に押し付けられた顔をあげると、余裕そうな表情を浮かべた幸村がこちらを眺めていた。
「ちょっ、旦那!?」
「…佐助、どうして俺が髪を伸ばしているのか、教えてやろう」
そう言って幸村は再びきつく佐助を抱き締めた。
そして佐助には見えていないだろうけれど、ニッコリ笑って佐助の髪を手でとかしていく。

「佐助、俺は…」




「お前に…髪を、とかして貰いたくて伸ばしていたんだ」
その瞬間、幸村は佐助に優しく口付けた。
そして時が経つ事に段々と佐助の口内を深く、激しく犯してゆく。
佐助もそれを拒む事なく、時には笑みさえ浮かべてその行為を受け入れる。
そうして何分、いや何十分の時が流れたのだろうか。
二人は唇を名残惜しそうに離し、そして見つめあう。
耐えきれず、先に佐助が笑みを溢した。

「旦那の…ばか」





優しく、そして激しいキス

それは、オトナの愛情。
 

少しでも佐助と一緒に居られる様に頑張った大人な幸村の話。
幸村は絶対に佐助に髪をとかしてもらっていると信じて疑いません(真顔
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